建築家・丸谷博男さんによる連載コラム「光のエッセイ」。様々な視点、切り口で光とは何かを紐解いていきます。
第四弾のテーマは、「あかりの原点を考える」です。
「光」と燃える「焔」。この二つの関係は、人類に取っての不思議の原点です。子どもの時からの不思議ですね。それは神秘でもあり科学でもあります。古代ギリシャでは、万物の根源とはなにかを様々な学者が唱えました。
ターレスは「水」であるとし、アナクシメネスは「空気」とし、クセノパネスは「土」とし、ヘラクレイトスは「火」であるとしました。
プラトンは、これらの四元素説を受け継いでいましたが、これらの物質は複合体であり、分解し、相互転換すると考えました。
さらにプラトンの弟子アリストテレスは、もっと複雑な物質間の変容を説きました。火、空気、水、土の四つを「単純物体」と呼び、他の物体はこれらで構成されていると考えました。そして単純物体を構成する要素として、「熱・冷」「湿・乾」のうち二つの性質が加わることで、各元素が現れる。
つまり、火は熱・乾、空気は熱・湿、水は冷・湿、土は冷・乾という性質から構成されており、性質の一つが反対の性質に置き換えられることで、相互に転嫁すると考えたのです。
とても興味深い原理論ですね。このアリストテレスの四元素説は長く西洋の主流となっていましたが17、8世紀になり、近代科学や原子論が台頭し物質観としての四元素論は化学の世界からその姿を消しました。(参考資料:四元素論Wikipedia)
われわれ人類にとって光りは燃える物質から発しているのが原点的な現象です。なによりも力強く燃え盛る太陽から来る光りです。静かな月の光りは太陽光の反射光ですね。焚き火の火も焔からの光りですね。
もう一つある光りは、熱せられているものから発せられる光りです。原始時代の人類は溶け出した溶岩から発せられる光りを不思議に思ったでしょうね。溶岩に倒された木が焔を出して燃える様子も目の当たりにしたと思います。落雷によって燃えた木も不思議だったことでしょう。それに対して、月や星の光りはとても静的な光りです。動的な光りと静的な光りがあることも不思議だったことでしょう。理屈はあっても、今の私たちにもその不思議さは変わりません。
さて、その光りに照らされて生まれるあかり空間、その様々な効果について考えてみたいと思います。
1.あかりは「場」をつくる
その原点は焚き火や囲炉裏を囲む場にあります。人類が火を手にした痕跡は、中国・周口店の北京原人の遺跡で発見されています。火を起こし利用していたのは石器時代からです。現代では、西欧の人々に暖炉を暮らしの中で楽しむ慣習が大切にされています。最も落ち着く場所なのですね。
現代生活では、照明器具によるあかり溜まりとして演出されています。食卓ペンダント、スタンドがその好例です。
2.あかりは「安心」をつくる
暗闇は人間にとって恐ろしさを感じさせるものです。それに対して明るさは人間に安心をあたえるものです。子どもの頃、薄暗くなった夕方に帰宅する時、森の暗さの中に何か怖いものがいるような気がして、そちらの方を見ないで走って帰ったことをよく憶えています。
暗闇に向かって歩くのも不安がつきまといます。遠方にあかりがあると安心してその明かりを頼りに歩くことができます。
我が家の近所でも同じようなことが現代に起きています。大手住宅メーカーの住宅が建ち並んでいるのですが、夜になるとシャッター付きのサッシのために、シャッターが締り、家の中の生活の様子が全く感じられないのです。外部の夜の道は、人気が無くなり、冷たい空気が支配してしまいます。これでは犯罪を誘導してしまう街になってしまいます。私が設計する家は、こういうことが無いように、暮らしのあかりが窓から街にこぼれ出すようにしています。
3.あかりは「祭り」をつくる
日本の祭りに提灯は欠かせません。ソウソクの火からLEDへと変わりつつありますが、提灯無しにお祭りの盛り上がりはつくれないですね。もっと力強い祭りは松明の燃え盛る火ですね。東大寺二月堂の修二会、三栖神社の炬火祭、鞍馬の火祭、清涼寺のお松明会など日本各地に残っています。その目的は様々ですが、収穫の豊凶を占う春祭り、天変地異の安静を願う祭りなどがあります。
また、提灯を大量に使用し大きな山車に仕立てる能登のキリコ祭り、青森の「ねぶた祭」、秋田の「竿燈まつり」は豪壮で美しさがあり現代もなお引き継がれています。
4.あかりは「希望」をつくる
暗闇に希望はありませんが、ほんの僅かなあかりでもそこに希望や未来を、私たちは感じることができます。
その最も典型的なものはご来光ですね。とくに元旦のご来光は、一年の始まりでもあるので格別ですね。
何時もはまぶしい太陽が黒い塊になる皆既日食。真っ黒になってから現れる点としての光は、これも輝かしい瞬間です。
夜空の中に特別に輝く北極星、南半球であれば南十字星。これも格別に輝く羅針盤ですね。
5.あかりは「神秘」をつくる
「カプリ島の青の洞窟」、「マルタ島の青の洞門」などに見る不思議な青の世界。これらは、洞窟の中に僅かな太陽光が入り白い砂の効果も重なり美しいエメラルドグリーンの世界が広がる現象です。
日本では、陸中海岸の浄土ヶ浜や沖縄本島の真栄田岬にも同じような洞窟があります。このような世界と較べもっと大々的な光の現象は「オーロラ」ですね。また、海中に広がる夜光虫やホタルイカの光も自然界で広げられる生物起源の神秘的な現象です。空にまたがる虹もよく見られる現象ですね。
最後に月を表現する言葉を列記してみましょう。十五夜、月影、薄月、偃月(えんげつ)、弄月(ろうげつ)、月華、月桂、月光、新月、朔月、三日月、望月、下弦の月、上弦の月、名月、満月、春月、朧月、寒月、冬月、風月、暁月、幻月など限りなくあります。
丸谷博男 プロフィール
1948年9月山梨県に生まれる。東京育ち。東京都世田谷区在住。東京芸術大学美術学部建築科・大学院卒業、同大学非常勤講師を約40年務める。一級建築士事務所(株)エーアンドエー・セントラル代表、一般社団法人エコハウス研究会代表理事。2017年4月より、建築マイスター専門学校・ICSカレッジオブアーツの専任教授/学長として赴任。
東京芸術大学美術学部建築科奥村研究室にて設計・デザイン・エアコンディションニング術を学ぶ。 また、1970年代より奧村昭雄のもとで環境共生、OMソーラー、地熱の利用などに取り組み、現在もこの分野では先進を行き、医療福祉施設・環境共生住宅づくりにも取り組む。 2013年エコハウス研究会を立ち上げ、全国各地で住宅講座を開き、家づくりの技術と人材の育成に努めている。「エコハウス研究会world club」を2013.1開設、現在会員約4000人。日本の住まいの伝統の知恵を科学的に再評価し、現代住宅の課題に様々な提案をしている。
著書は以下の通り。
・住まいのアイデアスケッチ集 (彰国社)
・家づくりを成功させる本 (彰国社)
・設備から考える住宅の設計(彰国社)
・実践木造住宅のディテール (彰国社)
・男と女の建築家が語る家づくりの話(共著、日本工業出版)
・家づくり100の知恵(彰国社)
・イラストによる家づくり成功読本(共著、彰国社)
・そらどまの家(萌文社)
・デンマークのヒュッゲな生活空間(共著、萌文社)
・新そらどまの家(萌文社)
・ZIGZAGHOUSE-箱から住具へ(共著、萌文社)