建築家・丸谷博男さんによる連載コラム「光のエッセイ」。様々な視点、切り口で光とは何かを紐解いていきます。
第五弾のテーマは、「印象派の光・南仏プロヴァンスにロマネスク建築を訪ねる」です。
建築空間と光の物語には、もう一つ欠かせない存在があります。
それは、人間。その人間の、感性、概念、希求、感情などによって受け取るものが異なります。
光の在りようで、800年の年月を超えて人々に伝え続けてきた建築があります。第一回目のエッセイでご紹介した写真の中にある建築です。南フランスのプロヴァンス地方にある「ル・トロネ修道院」です。
現在の建物はフランス政府が所有し公開しているのですが、1160年に工事が始まり1175年頃に完成したとされています。時は、中世、キリスト教が大きな力を持ち、聖職者の世俗化が進み、そうした動きに異論を唱え、原点回帰的に宗教活動をする集団が誕生しました。それが労働と学習を重んじるシトー修道会でした。1098年のことです。日本では、シトー派の中でも特に厳格な厳律シトー修道会「トラピスト会」が今も活動しています。
ロマネスク建築の特徴は、1メートルを超える暑い壁、アーチヴォールトによる天井の高い身廊と天井の低い同じアーチヴォールトの側廊から成り立ち、開口部は非常に小さく、それだけに光の印象が大きく感じられる空間となっています。
さらに、シトー派の教会では、一切の装飾を排除したために、壁面は凹凸もなく、石積みの職人の技がそのまま伝わってきます。わずかにある装飾は、ボールトを支える柱の柱頭に、職人たちのこだわった造形を見ることができます。南プロバンスには、同じ時代の美しい修道院が他に二棟あります。「シルバカーヌ修道院」(1175〜1230)と「セナンク修道院」(1160〜1230)です。
ル・トロネ修道院は、その中でも素朴でありながら、大変モダンな造形を感じます。それが時代を超えて、訪問者に「造形の本質」を感じさせる一要素となっているのです。
話が建築そのものになってしまいましたが、光の話をする前にぜひ理解して欲しかったのは光を受け取り、反射し、室内に広がる空間のあり方で、光の表現や印象が大きく変わることをお話ししたかったのです。
シトー派の修道僧は、「白い修道士」と呼ばれるように、染料を用いない修道服を着ていました。建築も衣服も同じ考えに沿っていたのです。隣国の李王朝時代の衣服も同じでした。李王朝の建築もその内部は和紙貼りの真っ白な空間でした。そして、李王朝時代の家具や什器は大変繊細なものでした。李朝ファンは大変多いですね。日本の修験者の服装も白装束です。
この世界にこそ、この空間でこそ、光の本質、人間の本質、宇宙の姿をそのままに感じることのできる世界があるように思えるのです。
それでは改めてル・トロネ修道院の神秘的な「光」をご紹介します。
シトー派の修道院は人里離れた森の中にある。水があること、心地よい谷があり小川があること、そして畑にする平原も備わっているところ。つまり、平穏無事に毎日を送れるところが好適地でした。
建築と敷地模型。オリジナルの建築はもう少し大きかったようです。
聖堂の正面ですが、入口は側廊にあります。
身廊と側廊の構成が分かる聖堂の建築形式がよく理解できます。
聖堂の中は、新郎と側廊の三室構成。正面には丸い高窓と縦長の三つの窓があるだけで、他には全く装飾がありません。これがシトー派の教会堂の特徴です。あるのは「光」だけなのです。
聖堂に隣接する参事室にある小さな窓です。両サイドの暑い粗面仕上げの壁に当たった光が、優しくも、真っ暗な室内に強い印象を持って往き渡ります。
修道僧寝室。回廊の屋上から入ってくる強い光が壁の厚みによってグラデーションとなって広がる様子は、尋常ではない光の姿を感じさせてくれます。
回廊と修道士室とをつなげる階段室。回廊の床からの反射光がさらに階段室の壁で広がる様子です。限りなく優しく包み込む光の拡散の姿です。
回廊からさらに入り込んだ廊下と個室です。光はさらに分散し、希少な存在へと変化していきます。
回廊は、修道士にとっては学習と思索の場であり、憩いの場でもあったと思います。回廊の光は、一日中光が駆け巡りひと時として同じ光は存在しません。しかし、それは静かに連続した変化でもあるのです。
回廊の中で、光が拡散している様子が影によってわかります。そのグラデーションは不思議さでいっぱいです。
「それは、静寂と陰影の空間。謙虚・従順・質素という宗教的戒律が響き渡る。
トロネの造形。必要最小限の造形。床も壁も天井も同位置の石。
仕上げとなる化粧はない。カンガもない。素裸の美しさ・・・
美しさ、などと軽い言葉では表現できない。構造的な力強さと 表面に滲み出る優しさ。
この二つの矛盾に適切な言葉が浮かばない。なんと言えば良いのか・・・
ディテールは必要最小限。しかし見切りがいい。迷いはなく確信に溢れている。
そういう確かさを強く感じる。普通には装飾が施されている回廊の列柱。ここにも必要最小限のサイン(象徴)しかない。」 (2007年10月22日筆者の旅日記より)
作業場。貯蔵庫から庭に出る出入り口。ここにも床石、木製のドア、高窓、ドア越しに見える外壁と光と陰の物語を伝えてくれます。
説教台は逆光の中で、特別な印象をつくり出しています。
「セナンク修道院」の回廊もグラデーションが観察できます。
「シルバカーヌ」の回廊は中庭の構造のためか広角度に光が広がり、ダイナミックな場面を作り出しています。
次回は「光を生きている存在のように建築化した建築家ルイス・カーン」の予定です。
丸谷博男 プロフィール
1948年9月山梨県に生まれる。東京育ち。東京都世田谷区在住。東京芸術大学美術学部建築科・大学院卒業、同大学非常勤講師を約40年務める。一級建築士事務所(株)エーアンドエー・セントラル代表、一般社団法人エコハウス研究会代表理事。2017年4月より、建築マイスター専門学校・ICSカレッジオブアーツの専任教授/学長として赴任。
東京芸術大学美術学部建築科奥村研究室にて設計・デザイン・エアコンディションニング術を学ぶ。 また、1970年代より奧村昭雄のもとで環境共生、OMソーラー、地熱の利用などに取り組み、現在もこの分野では先進を行き、医療福祉施設・環境共生住宅づくりにも取り組む。 2013年エコハウス研究会を立ち上げ、全国各地で住宅講座を開き、家づくりの技術と人材の育成に努めている。「エコハウス研究会world club」を2013.1開設、現在会員約4000人。日本の住まいの伝統の知恵を科学的に再評価し、現代住宅の課題に様々な提案をしている。
著書は以下の通り。
・住まいのアイデアスケッチ集 (彰国社)
・家づくりを成功させる本 (彰国社)
・設備から考える住宅の設計(彰国社)
・実践木造住宅のディテール (彰国社)
・男と女の建築家が語る家づくりの話(共著、日本工業出版)
・家づくり100の知恵(彰国社)
・イラストによる家づくり成功読本(共著、彰国社)
・そらどまの家(萌文社)
・デンマークのヒュッゲな生活空間(共著、萌文社)
・新そらどまの家(萌文社)
・ZIGZAGHOUSE-箱から住具へ(共著、萌文社)