建築家・丸谷博男さんによる連載コラム「光のエッセイ」。様々な視点、切り口で光とは何かを紐解いていきます。
第6弾のテーマは、米国建築家ルイス・カーンの「射す光、溜まる光」です。
「光そのものを捉えて 建築をつくる」そのような建築家にルイス・カーンがいます。
その建築には、意図的に仕組まれた光の姿があり空間があります。そして、反射し受け止める素材を吟味し尽くしています。光そのものの元は太陽であることに変わりありませんが。
さて、カーンの光のメッセージを受け止めるため、いくつかの代表的な作品をご案内していきましょう。
■1959~1961「マーガレット・エシェリック邸」
カーンの基本的な設計手法に、四角の単位(ユニット)をレイアウトし、それらの接続の仕方、集まり方に共有スペースを作り上げ、全体を構成するというものがあります。この住宅は、次に紹介する住宅「フィッシャー邸」とは異なり、四角のユニットが整列しています。
住宅の設計では、多くの場合、一つの四角は個室やバスルームなどのプライベートな空間、もう一つの四角は LDKのようなパブリックなものとなっています。それら二つを繋ぐ空間は、プロジェクトにより様々です。
さて、カーンは住宅で「窓」をどのように扱っているのか見て見ましょう。その基本は、立体物に穴を開けているような窓ではなく、平面体としての床・壁・天井の扱いに対して、囲まれずに内外を自由に行き来する光のあり方が基本となっています。
特に、雨戸やうち雨戸によって開口部を変化させることのできるあり方は、友人建築家であるメキシコの建築家ルイス・バラガンの自邸(寝室で顕著)に見られるような光のあり方にかなり共鳴している姿がここにはあります。
南側からの外観雨戸のように見えているところも下の写真のように全開できるようになっている。多様に調整し、演出できる壁といっても良い。
北側からの外観は、壁の多い世界になっています。調整できる開口部もありません。この辺も大変面白く対照的です。
何故か、暖炉の煙突が建築本体から離れてそびえ立ち、その姿に相対して窓を設けています。そのことが、外観からも、内観からも、不思議な光や影の面白さを作り出しているのです。
この写真のインテリアは、マーガレット・エシェリック氏のものではなく2代目の所有者の好みとなっています。しかし、それなりに落ち着いた空間と理解することもできます。
2階の廊下からの窓を通しての景観、あるいは俯瞰しての1階の見え方など、豊かな空間体験を生み出しています。
■1960~1967「ノーマン・フィッシャー邸」
四角のユニットを45度傾けて、食い込ませているという不思議な関係が、フィッシャー邸の基本平面となっています。パブリック要素の四角のユニットは、エシェリックと同じように2階分の吹き抜け空間。プライベート機能を持つもう一つの四角は普通の天井高による部屋構成となっています。
この建築のこだわりは、ユニットである、四角を壊さない、ということです。フィックス窓は、外壁面と面一に納め、開口する窓は、外壁面から掘り下げてから、外気との関係を作っているのです。その関係作りが、内部から見ると家具的に設えられ、インテリア空間を支配するメッセージを告げているのです。
暖炉のあるリビングでは、さらに複雑な造形を作り上げています。言葉では表現できないメッセージです。自然光をダイレクトに引き込んで入るのですが、ベンチであったり、収納家具であったり、飾り棚であったりと、何か窓際に人間と自然光との戯れがあるのです。本当に不思議な空間であり体験であるのです。
道路側から見ると、二つのキューブが45度にずれて貫入している様子がよくわかります。
庭側から見ると、石積みの地下室があり、その上に木造二階建ての住宅となっている様子が理解できます。そして、キューブから飛び出るものはなく、徹底してキューブの形状を壊さないようにディテールが追求されていることにも感心させられます。
パブリックスペースのリビングの様子です。外と内との関わり合いに開口部の家具造作のようなしつらいにドキッとさせられます。空気と光との交流、混じり合いなど外と内との接点に、建築家独自の「言葉」があるのだなあと考えさせられます。
ここは、キッチンと背中合わせになった家事コーナー、奥様の仕事机です。頭の上にある神棚のような「光箱」、なんとも不思議な形です。また、光を箱に入れて招き入れる特別の箱です。野鳥がここから室内を見ている様子が想像されて、微笑んでしまいますね。
■1965~1972「フィリップ・エクスター・アカデミー図書館」
さて、住宅では全体的な規模が小さく、できることが限られています。この図書館では、大きな構成からの光の形成があり、建築躯体と光が作り上げる陰影の豊かでダイナミックな空間体験を実現しています。
まずは、中心の吹き抜け空間からご覧ください。
吹き抜け上部に、ハイサイド窓があり、そこから入ってくる光線を45度傾斜した大きな梁が受光し、反射し、拡散させているのです。建物全体の上部に仕掛けられた「天蓋」とも言えるものが、なんとダイナミックなことか、大変驚かされるのです。
「天蓋の仕掛」、凄いでしょう。本当にダイナミックです。
その次に気づくことは、各フロアーと吹き抜けに面した壁の間に暗がりになっている空間があることです。影を作ることで奥行きができています。「陰影の繰り返しは、距離をつくる」ことが良くわかります。女性のアイシャドウの原理です。目の周辺に影を作ることで顔面に奥行きができるのです。(化粧をとったときに驚かないでくださいね。)この二次的な空間の仕掛けがどれだけ、さらにさらにこの吹き抜け空間を豊かにしていることか、感心させられるのです。
引用資料・ARTSCAPE N2018年09月01日号より
ルイス・I・カーン Louis Isadore Kahn
エストニア生まれで、アメリカ合衆国で活動したアメリカ人建築家(1901-74)。ロシア領だったエストニアから幼少期に家族でアメリカへ移住した。ペンシルヴァニア大学美術学部建築学科にてフランス人建築家ポール・クレのもとで学んだ。フィラデルフィア州のいくつかの事務所で経験を積み、ヨーロッパの遺跡などを巡る1年間のグランド・ツアーに出て、帰国後は、クレの事務所で働き、1935年に自身の事務所を開いた。初期は低コストの公共住宅の提案を通して居住建築論を展開し、建築家のジョージ・ハウやオスカー・ストロノフと協同で公営住宅の設計を行なった。40年代になるとペンシルヴァニア州内の都市計画に関わり、イエール大学やペンシルヴァニア大学で晩年まで教鞭を執った。カーンの建築スタイルは、51年に依頼された《イエール大学アートギャラリー》の設計以降定着し、モダニズムを基礎に詩的な精神性を備えたモニュメンタルな建築を実現させた。素材の使い方からブルータリストとしても知られ、感性に重きをおく一方、技術者と密接に仕事をしたカーンの建築は、構造・意匠・素材が必然性をもって存在感を放つ。代表作に《ソーク研究所》(カリフォルニア州ラホヤ、1959-65)、《キンベル美術館》(テキサス州フォートワース、1966-72)、《バングラデシュ国会議事堂》(ダッカ、1962-74)ほか。弟子にレンゾ・ピアノ、リチャード・ロジャース、ノーマン・フォスターなどがおり、日本からは香山壽夫、新居千秋がカーンのもとで学んだ。(著者: 松原慈)
丸谷博男 プロフィール
1948年9月山梨県に生まれる。東京育ち。東京都世田谷区在住。東京芸術大学美術学部建築科・大学院卒業、同大学非常勤講師を約40年務める。一級建築士事務所(株)エーアンドエー・セントラル代表、一般社団法人エコハウス研究会代表理事。2017年4月より、建築マイスター専門学校・ICSカレッジオブアーツの専任教授/学長として赴任。
東京芸術大学美術学部建築科奥村研究室にて設計・デザイン・エアコンディションニング術を学ぶ。 また、1970年代より奧村昭雄のもとで環境共生、OMソーラー、地熱の利用などに取り組み、現在もこの分野では先進を行き、医療福祉施設・環境共生住宅づくりにも取り組む。 2013年エコハウス研究会を立ち上げ、全国各地で住宅講座を開き、家づくりの技術と人材の育成に努めている。「エコハウス研究会world club」を2013.1開設、現在会員約4000人。日本の住まいの伝統の知恵を科学的に再評価し、現代住宅の課題に様々な提案をしている。
著書は以下の通り。
・住まいのアイデアスケッチ集 (彰国社)
・家づくりを成功させる本 (彰国社)
・設備から考える住宅の設計(彰国社)
・実践木造住宅のディテール (彰国社)
・男と女の建築家が語る家づくりの話(共著、日本工業出版)
・家づくり100の知恵(彰国社)
・イラストによる家づくり成功読本(共著、彰国社)
・そらどまの家(萌文社)
・デンマークのヒュッゲな生活空間(共著、萌文社)
・新そらどまの家(萌文社)
・ZIGZAGHOUSE-箱から住具へ(共著、萌文社)